読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ちょっとしたくぼみ

ネットの海に撒き散らす言葉

安直だけど純粋さが胸を打つのです。分かってながら僕らは

猥褻!


Mr.Children/旅人



全人口の80%がHENTAI


ZAZEN BOYS/Sugar man




人間は生きるためではなく、楽しむための行動をとる。これはすなわち猥褻的、変態的行為と言えよう。

趣味とは、フェティシズムである。


最近、グラビアアイドル、いや胸に対してエロの対象が移ってきた。

これは、エロい展開といった物語的なエロへの想像力、妄想力が失われてきたからなのではないか。

だから、簡単に認識できる、胸へと対象が移行したのではないか。



そんなことを考えていて、このブログの存在を思い出した。


おそらくまた続かないだろう。

さらば青春の光

青春と呼ばれるような日々が過ぎ去ったあと、今生きているのは余生なのではないかという感覚になる。


そんなとき、こんな言葉を見つけた。


青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心,こう言う様相を青春と言うのだ。年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。


サミュエル・ウルマン『青春』より


心の持ち方次第なのかな。




ジェットにんぢん

GO!GO!7188の曲名。


ジェットにんぢん

昔はやった

歌手の名前は

ジッタリン・ジン



という最後のフレーズのために3分以上かける、レイザーラモンRGもびっくりの前フリ長い曲。


JITTERIN'JINNと言えば夏祭り。

なんとなく夏祭りに行きたい気分だ。

浴衣と夏祭りに行きたい。

浴衣の女の子じゃなくて、浴衣と夏祭りに行きたい。

よくわからない。

ジェットにんぢん。

思い出だけが性感帯

THE YELLOW MONKEYのBURNの一節。


似たような言い回しはポルノグラフィティヒトリノ夜にもある。


後悔人間にとって、思い出は本当に感じるもので、まさに性感帯である。


社会人になって学生時代を思い出すという投稿を先日したけれど、その思い出に触れて、感じる日々である。


もちろんこれからの人生、どんどんとそんなスポットが増えてくといい。

そう思って毎日を過ごしている。



だけどちょっとそれもあるよな

出来れば世界を僕は塗り変えたい

戦争をなくすような大逸れたことじゃない

だけどちょっとそれもあるよな


ASIAN KUNG-FU GENERATION転がる岩、君に朝が降るの一節。


まさしく、それもあるよなって感じ。

とんでもないことをしてみたいという想い。

でも自分に出来ることなんて限られてるなあという想い。

でもやっぱり世界で何かをしでかしたいという想い。


自分に置き換えても同じ。

こうなりたいという自分。

でもなれるわけないよなという自分。

でもやっぱり目指してみたい自分。



同じアジカンで別の曲では


隣にいる冴えない君もいつかは

誰かを救う明日の羽になるかな



なんて言ってた。(君の街まで)


なりたいよ。ちょっとね。


青春がないのも、青春だ。

MATCHのキャッチコピー。


鬱屈とした青春時代を送った自分にとって、このコピーは響く。


中学時代、高校時代、大学時代、青春を追い求めていたが、青春なんてなかった、そう思っていた。


しかし、社会人になって、青春を追い求めた日々そのものが青春だったと感じている。


まだまだ青春したいものだ。


そんな気持ちに響く曲5つ

SUPERCAR/AOHARU YOUTH

→曲名だけかな

NUMBER GIRL/透明少女

→記憶・妄想に変わってきてる

フジファブリック/若者のすべて

→花火なんか見に行ったことないけど

銀杏BOYZ/駆け抜けて性春

→これも曲名だけかな

井上陽水/少年時代

→音だけで哀愁漂う名曲



あえて抵抗しない

なぜ今更ブログを始めようと思ったかというと、日常に埋もれてくちょっとした言葉を残したいと思ったから。


タイトルはゆらゆら帝国の曲のタイトル。


さしずめ俺はちょっとしたくぼみさ

特別邪魔になっていないつもりさ


ということで、なんの読者も想定せず、インターネットの中のちょっとしたくぼみとして、特別邪魔にならない言葉を発信する予定。